APS系雑誌でのJoint Submission
アメリカ物理学会のPRLに投稿するとき,joint submission (JS) が投稿時の選択肢にある.本記事では,JSについて解説する.
Joint submission (JS) とは何か?
JSとは,PRLに投稿すると同時に,APSの専門誌(PRA-E, PRRなど)にフルペーパーを同時投稿することを指す.具体的な定義は,次のようにAPSのウェブサイトに書かれている:
Joint Submissions: As an alternative to Supplemental Material, authors submitting to Physical Review Letters may simultaneously submit a longer accompanying manuscript to one of the topical Physical Review journals. The longer manuscript should provide a substantially increased understanding of the subject while keeping the overlap of figures, tables, and text material to a minimum. Joint papers provide readers with easier access to the complete account of the work. When authors submit simultaneously to Physical Review Letters and to Physical Review, the two manuscripts are reviewed coherently, typically by the same reviewers. If both papers receive favorable reviews, they are published together, unless simultaneous publication leads to undue delay for one of the papers. In Joint Submissions, the paper and the Letter cite each other.
JSが導入された大きな理由とは,最近非常に長いSuppelemental Material (SM)のPDFノートがPRL論文に付帯することが多く,APSとしてはこの長いSMをdiscourageしたいからだと思う(※あくまで金澤の推察だが).
Supplemental Material (SM) の問題点とは何か?
SMとはPRL論文に添付できる資料である.PDF形式で本文を補足する場合が多く,以下このパターンに焦点を当てる.SMが多用される理由とはPRLの字数制限にある.PRL論文は3,750 wordsの字数制限があり,4~5ページ程度にまとめる必要があるが,それでは技術的な内容を本文で十分説明することが出来ない.そこで多くの理論研究者は,技術的詳細を全てSMに記載し,本文ではその概要のみを記載する裏技のようなものを使うことが多い.もはやレター論文本体は,実質のextended abstract程度しか情報量を持たないことがある.残念なことに,この裏技は多くの物性系研究者の間では蔓延しており,非常に長いSMをレター論文に添付することが常態化してしまっている.例えば,レター論文本文は4ページだが,SMとして計算ノート・主張の証明に40ページを超えるPDFが付属することは特に珍しくない.もはやどちらが本体かわからない.APSの編集者はこれを嫌がっているのだと思う.
SMの悪い点は,ちゃんとした論文として書かれている保証がない事である.建前としてはSMはあくまで付録であり,レター論文本文だけで十分説得力があることが求められている.そのため「SMはあくまで付録」という位置づけであり,フォーマットも決まっておらず,文章としてのクオリティは著者によって差がある.査読者も本当にSMを査読しているかはわからない(ある程度読んでも,SMを真剣に読むかどうかは査読者次第だと思う).つまり,SMを様々な著者が頼りすぎるのは,科学の手続きとしてあまり良くない.
SMの問題を解決するためのJS
この問題を解決する一つの手段として用意されたのが,JSだと金澤は理解している.JS用に用意したフルペーパーはちゃんとした論文の体裁を取る必要があり,査読者もフルペーパーを査読することが要求されている.つまり,SMに長々とした証明を書くのであれば,ちゃんとしたJSとして2本同時投稿する方が,形式的にも実質的にも優れているだろう.実際,APSは下のように「長いSMを書くくらいならJSとすることを検討せよ」という旨の指示を出している:
Supplemental Material or Joint Submission? As described in https://journals.aps.org/authors/supplemental-materials-journals, Supplemental Material (SM) is information that will be useful to a subset of readers, but is not essential to the comprehension of the main results of the published article. ... SM cannot be crucial to a reader’s understanding—the paper must be self-contained and convincing without it. Importantly, SM should not be used to avoid a length limit, so a short paper accompanied by a lengthy supplement may not be appropriate. For a submittal to Physical Review Letters (PRL), authors may consider an option made possible by our close-knit family of journals: the simultaneous submission of a longer version to one of the more specialized Physical Review journals. That longer version should provide a substantially increased understanding of the subject; otherwise, the use of SM may be better.
The submission of an expanded version of a PRL to a topical Physical Review journal is an established practice that provides readers with easier access to important additional information. ...
金澤研ではJSを推奨しています
金澤研ではJSを多数回利用している.金澤が論文を書くときも,学生が主著論文を書くときも,JSを利用したPRL + PRL (PRR)同時投稿を選択肢に入れている.何故なら,金澤は研究結果を信用する前に,一度フルペーパーを書く癖があるからだ.
研究論文を投稿する上で最も重要なことは「間違っていない」ことである.間違っていないことを確認するためには,理論・計算・データ解析結果などを一度整理する必要があると金澤は思っている.手書きノートの上での結果(もしくはパワポ上のデータ解析の結果)はあまり綺麗に技術的詳細まで整理されておらず,金澤はそんなに信じていない.一度原稿に起して,客観的に通読して,gapが本当にないかどうか,分析に穴がないかどうか,まじめに確認しないと結果をどうも信用することが出来ない.なので,金澤は結果を信用する上で,毎回長いが丁寧な計算ノートをLaTeX上の電子ノートとしてまとめている.ここまでするならJS用のフルペーパーを用意する事と対して作業量が変わらないと思っている.なので,最初にフルペーパーを書いて,その後にPRL用のレター論文を高速に用意することにしている.
論文の執筆速度は人によると思うが,金澤の場合は論点が完全に整理された状態であれば,レター論文を書くのは(フルタイムで時間が取れれば)1週間もかからないと思っている.金澤はフルペーパーを用意してからPRL作文を開始するので,これくらいのスケジュールでレター論文を作成している.これくらいなら十分作業量的にもペイする.また,先にフルペーパーを用意するご利益として,PRL論文が不採択でもフルペーパーはPRE (PRR)に高確率でそのまま掲載できることが見込める.不採択になったPRL原稿をPRE (PRR)用に変更する努力が後に発生しないので,金澤はこの方が気楽だと思って居る.
JSのやり方
カバーレターにJSであることを書けばよい.これはAPS公式の指示である:
Submitting a joint publication couldn’t be easier. Simply alert the editors by mentioning the companion papers in your cover letter.
具体的には,PRL用のカバーレターとPRE (PRR)用のカバーレターを用意し,それぞれにJSであることを明記する(金澤の場合,面倒なのでPRLのカバーレターとPRE (PRR)のカバーレターを同一にしている).例えば,
I am pleased to enclose our two manuscripts entitled "Title of the PRL manuscript" and "Title of the PRE (PRR) manuscript" as Joint Submission to Physical Review Letters and Physical Review E (Research).
みたいな書き出しでカバーレターを金澤は構成している.これで十分workする.
ちなみにJSの際には,PRLとPRE (PRR)に一旦独立に投稿する形になる.最初は独立に投稿しているが,カバーレターにJSであることが明記されているので,結果としてPRL原稿とPRE (PRR)原稿がJS扱いになる,というのが編集的な流れである.
参考資料